「【コラム3】高岡壮一郎の経歴(新しいビジネスモデルで日本に変革を~)」からの続きです。
挫折と再起動(2013年~)
飛ぶ鳥を落とす勢いで成長をしていたアブラハム・プライベートバンクだが、そうすべてがうまくいくというわけではなかった。
2013年10月、雑誌『AERA』は「元三井物産エリートアブラハム敏腕社長の挫折と誤算」と報じた。急成長ベンチャー企業であるアブラハム・プライベートバンクに対し金融庁により6カ月間の業務停止命令が下されたのである。テレビや雑誌、新聞などに広告を出して世間的な認知度が高まった矢先であった。
高岡は『日本経済新聞』の速報について、急いで当局に確認した結果、「そのような事実はない」と回答を受けたので、「一部報道につきまして、そのような事実はありません」と自社のホームページでプレスリリースを出した。しかし、翌日2019年10月3日アブラハム・プライベートバンクに対して、6カ月間の業務停止処分の勧告が金融当局から下された。「大手投資助言会社が無登録営業、金融商品取引法違反」として日経夕刊一面、NHKニュース、めざましテレビ等、広く報道された。
この処分の理由は、インサイダー取引のような金融犯罪ではなく、投資家に危害・被害を与えたわけでもない。しかし、「投資助言会社大手アブラハム、金融商品取引法違反で業務停止」というニュースは、業界規制の話というよりも、まるで金融犯罪のようなイメージを世間に与えた。アブラハム・プライベートバンクの業務が「助言」と「勧誘」のどちらに該当すると考えるかによって、必要とされるライセンスが助言業登録か販売業登録かで異なる状況だった。そこに当局の見解の相違があり、結果として、販売業ライセンス(登録)を有していない無登録営業状態と見做された。無資格であるから業務を停止すべきは当然で、業務停止処分となった。
「顧客資金を紛失したわけでも、いかがわしいファンドを勧めたわけでもない」(英『フィナンシャルタイムズ』2013年10月17日)と後追い報道も出たが、最初の報道のインパクトが大きすぎて、世間のイメージは変わらない。当時のテレビCMの反応を分析すると、金融リテラシーの高い層には評判はよかったのだが、投資未経験の投資リテラシーの低い層からすると、「月5万円で1億円」というキャッチコピーは怪しいもの以外のなにものでもなかった。
「年利10%のファンドなんか本当にあるのか?」という疑問も世間から出るようになっていた。当時の法令理解では、海外金融商品に関する情報を詳しくホームページに記載できないという規制があるとして、世間の疑問に正面から回答するコンテンツを公表しておらず、不十分な情報提供姿勢をやむなくされていた。さらにタイミングが悪いことに実際に海外ファンドを舞台にしたMRI事件という詐欺事件も世の中を騒がせていた。
そういったすべての悪いものが噛み合い、世間が警戒している中での業務停止処分の報道である。「やたら宣伝して急成長していたあの会社はやっぱり怪しかったので、お上に潰されたんだな」と世間に思われ、信頼が失墜するのもやむなしであった。
金融当局による業務停止処分という行政処分は、大和証券や三井住友銀行、楽天証券やマネックス証券等、大手金融機関に対しても多発している。業務停止処分を下された金融機関は、適切に業務改善をして業務再開するか、潰れるか、である。アブラハム・プライベートバンクの場合は、金融商品取引法という業法上において、業務に必要なライセンスに関する解釈の問題が処分の主因であった。「リラクゼーションサロン」と「医療行為」の境目、「ゲームのコイン」と「通貨同等物」の境目のようなもので、業法における業態の境目は実は曖昧である。金融業も同様だ。
銀行・証券・保険と規制により業種は3つに分かれるが、取引相手の信用リスクに応じて金銭をもらう契約は、ある商品は「保険」として扱われ、ある商品は「デリバティブ」と扱われる等、人為的に線が引かれている。前者と扱われれば保険業法になり、後者になると金商法の領域となる(元金融庁弁護士増島雅和2016)。
法令上明確でない部分に関する当局の解釈の問題でもあったため、顧問弁護士や大手法律事務所含めて「何をどのように改善すれば」当局の意向に沿うのか、全くわからなかった。
当時、高岡は「この事態に対する私の初動が会社の命運を決めるに違いない」と感じたという。6か月後に業務再開できるかどうかで、数千人の投資家や社員に多大なる迷惑がかかる。そう思いながら、処分が出た翌朝の一言で社員の前に立ち、全社に次のように発表した。
「業務停止中の6カ月間は新規の収入がゼロになる。それでも誰一人リストラはしない。全社員の雇用は維持する」
弱みに付け込むような輩も出てきたようで、このような誘惑も受けたという。「ここだけの話、私は金融庁の内部に知り合いがいるのだが、このままアブラハムは潰す方針のようだ。つまり君は再起不能である。よって今のうちに会社を売却すべきだ。20億円でどうだ」
そう言って会社を買いに来る人もいた。数千人の既存富裕層顧客と締結した投資助言契約が数百億円あり、そこから将来見込まれるストック収入の総額は約150億円以上の計算であった。現在価値で割り引いた時価は20億円、アブラハム創業者の私の株式持分が約90%。会社を売却して19億円を抱いてシンガポールにでも渡って楽になりなさい、というわけである。
しかし、当時の高岡は逃げなかった。「それは自分らしくない。倒れたら、立ち上がりたい。仲間である社員たちと一緒に再起を果たすことこそに、自分の人生の意味があると私は思った。30歳で起業を志し、40歳を迎える矢先である。テレビドラマで言えば、ここはまだ第3話「挫折」くらいではないのか。第4話のタイトルは「再起動」に決まっている。」と自分を奮い立たせて自体の収集に黙々と当たった。
打開策と先々の見通しを立てるため、金融業界に関わる様々な角度からの助言を得ようと、人づての紹介で、元金融大臣、財務省官僚、金融庁官僚、大手証券会社幹部等に相談をした。各立場の方の話を総合すると、当社のやるべきことは、一連の流れで次々に業務停止処分を下されていった他の海外ファンド投資助言会社たちとは異なるレベルの業務運営態勢・コンプライアンス態勢を構築し、個人投資家、ひいては日本社会にとって必要な企業・業態であると金融当局にしっかり認めてもらうことである、ということであった。
新しくシニアのコンプライアンスの専門家を採用したり、大手証券会社の元常務を社外役員に招聘しながら、粛々と行政対応を続け、販売業登録を有する新設子会社(アブラハム・ウェルスマネジメント)を設立する等の改善策を進めていった。
行政処分事由の1つには、広告表現についての指摘を受けたため、「アブラハムが推していた高利回りのファンドなんかは実際に存在しておらず、その結果、業務停止になったのである」という誤解も受けた。これらの誤った報道に対しては、後に「アブラハム・プライベートバンク株式会社に関する過去の一部報道について」等のリリースを出す等の対応を行いながら、再発しないよう広告審査態勢の確立等、内部統制の強化を進めた。
粛々とコンプライアンス態勢の整備等の業務改善に没頭して6月がたった2014年春、全社員一丸となり難局に立ち向かったおかげで、顧客の9割以上が残り、金融庁が新しく販売業登録を付与したことでみそぎが済み、新しい監査法人もついてくるようになった。
(コラム5に続く)