【コラム5】高岡壮一郎の経歴(フィンテック時代の幕開け~)

【コラム5】高岡壮一郎の経歴(フィンテック時代の幕開け~)

【コラム4】高岡壮一郎の経歴(挫折と再起動~)」からの続きです。

フィンテック時代の幕開け(2015年~)

全社員一丸となりコンプライアンス態勢の整備にあたり、業務再開を果たしたアブラハム・プライベートバンクは規制対応のためにアブラハム・ウェルスマネジメントで販売業のライセンスを取得し金融グループとして多角的な営業を行うことができるようになった。

2010年代になると世界はフィンテックの話題で持ちきりになった。米CNBCが発表した「未来を創るスタートアップ50社」の50社中12社がフィンテック関連のスタートアップであった。

アブラハム・プライベートバンクのような資産相談系サービス領域が12社中4社で、フィンテックベンチャー市場への投資額は4年で3倍に膨れ上がり、アメリカのトップベンチャーキャピタルからのフィンテック案件への投資件数は5年で4倍以上となり、世界がフィンテック市場に期待を持っているのがわかる。

高岡が創業間もなく5億円近くの資金調達を達成した2006年頃は「フィンテック」という言葉そのものが存在せず、当時は資金調達額としてはかなりの大きな額で騒がれもしたが、2015年になり事業内容にフィンテックという言葉を付けるだけで、40億円を調達する日本のベンチャーまで現れ始めた。同年、NHKでもフィンテックについての特集が組まれるなど一般社会においてもその注目度を増していった。

アブラハム・プライベートバンクも独自のアルゴリズムを用いて、個人投資家へ最適なヘッジファンドの紹介をするというサービスを行っていたこともあり、「フィンテック」と呼ばれることが多くなった。

業務停止命令から時間もたち、時代の流れもあってか多くのベンチャーキャピタリストから「サービス名」と「社名」を一致させてはどうかといわれた。高岡は、不祥事があったから身を隠すように社名変更を行ったと思われることを嫌い、ずっと社名を変更せずに来た。

しかし、Googleが「持ち株会社アルファベット」の下の事業会社になり、世の中の流れとしては「1社・1サービス・1プロダクト」というのが普通になっていた。

そこで高岡は、会社創業から11年目を迎え会社としても節目を迎えることもあり、社名を変えるのは合理的な判断であると確信し、2016年1月にアブラハム・プライベートバンク株式会社を「ヘッジファンドダイレクト株式会社」に商号変更することとした。

ヘッジファンドダイレクトやアブラハムを含めた事業会社を束ねるグループ持株会社の商号は、「お客様と共に歩みたい」という意味を込め、「あゆみトラスト」とした。

2017年に仮想通貨バブルを迎えて以来、フィンテックという文字を様々な場所で見かける機会が増えた。おかげで、ヘッジファンドダイレクトに対する目が変化し、セミナーをひとたび開けば100人単位で人が集まるようになり、堅実なフィンテック企業としての評価が高まってきた。

進化するフィンテックの先で、高岡が率いるヘッジファンドダイレクトがどのような進化を遂げるのか期待して見守りたい。